ERPに先行指標を埋め込んで非財務指標と内部プロセスから未来を予測する

業界トップランナー鍋野敬一郎氏コラム「ERP再生計画」第54回「国家百年の計から企業の基幹システムの計を企てる。先行指標をERPに埋め込む(その3)~戦略編:ERPに先行指標を埋め込んで非財務指標と内部プロセスから未来を予測する」をご紹介します。

□はじめに

 前回はERP再生の中長期計画策定と、チームビルディングについてお話しました。今回は、ERPに先行指標を埋め込んで結果が出る前に進捗度合いが分かるようにする方法について考察してみたいと思います。ERPのアップグレードや入れ替えなど基幹システムのニューアルプロジェクトで議論されるのは新しい機能が中心となります。ご存知の通り、会計処理などは2,3年ごとに法改正で機能要件が追加変更されます。また、顧客や製品によって販売管理や生産管理などの要件も随時変わります。様々な機能要件に対して、しっかりとした良いIT部門は、ユーザーやシステムを利用する部門が要望を出さなくても余裕を持って対応してくれます。もちろん機能や使い勝手も良くなります。ERP再生あるあるですが、機能やテクノロジーは新しいものを積極的に採用するのに、目標や管理指標、レポートは現行ベースでいいと言われます。管理指標やレポートは同じままで、新しいERPシステムが欲しいという言葉に、いつも違和感を覚えるのは筆者だけでしょうか。さて今回は、ERP再生の戦略編です。

■ERP再生の戦略策定と実行計画の

 ERPシステムのリニューアルプロジェクトで、毎回感じることは新しい機能や最新テクノロジーの採用は積極的なのに、目指す戦略や管理指標はこれまで通りでいいと言われることです。10年以上前に導入したERPシステムそのままでいいと言い切るIT部門が増えて気がします。会計から、販売管理や購買管理、在庫管理などへ機能を広げるケースも増えているのですが、単に導入範囲の機能が増えるだけで、狙いは変わらないと言われます。

「ビジョンや戦略は無いですか?」と聞くと、「経営層やユーザー部門に直接聞いてください」と言われます。IT部門は、総じて経営や事業内容に対する興味が薄いように感じます。ITベンダーの技術者も、ユーザー企業の製品や業界をあまり知りません。知らなくても、忙しくて仕事はあるから大丈夫だと思うのかもしれませんが、“戦略”をどのように策定して、どうすれば取りまとめれば良いか分からないという人も結構居るようです。まずは、“企業の戦略”をどうまとめれば良いかご説明したいと思います。

企業戦略の策定というと、大変なことに思えるでしょうが。実際には、そんなに難しくありません。いまは出来ていないことで、5年後10年後に実現すると売上アップや会社が良くなる取り組みが戦略です。例えば、具体的な目的を例にあげると「売上が2倍」とか「利益が1.5倍」をいつまでに実現するというものです。この場合、例えば目標を3年後、管理指標は売上額と決めると、例えば戦略のマイルストーンは次のようになります。

「3年後に売上額2倍なので、2年後に1.5倍、1年後に1.2倍を目指す」という感じです。

来年の売上を1.2倍にするためには、見込み顧客に1.2倍以上の提案をしなければならないということになります。3年後には、2~3倍以上の提案をしないと売上は2倍にはなりません。見込み顧客数や見積額の総額、営業リソースも2倍以上にする必要があります。このように、売上を2倍にするためには、その先行指標となる業務や試算が必要となります。ERPシステムを再生するということは、こうした関連する先行指標を洗い出して、その数字や値を見える化する必要があります。管理指標は現行ベース、レポートは今まで通りではダメなのです。そんなことも分からないのに、ERP再生するというのは抜本的に違っていると思います。企業戦略と実行計画の作り方は、このように進めていきます。ですから、経営層や事業部門にインタビューして、これを実現に導く指標やレポートを考えて、実行計画に落とし込めなければERP再生プロジェクトのメンバーとして不適格となります。言われた通りにシステムを作るだけなら、社内ではなくベンダーの方が上手く出来ます。しかし、戦略に落とし込めるのは社員だけなのでそこは社内で取りまとめる必要があります。

■これまで見ていなかった先行指標を見る仕組みを戦略から実装への落とし込む

ERP再生に成功する企業は、新しい管理指標を増やしています。ここ最近のトレンドは、業績評価に売上、利益、キャッシュフロー、ROE/ROAなどこれまでの指標だけではなく、稼ぐ力を見ることや安定性を見極めることです。事業セグメントごとのEBITDA(営業利益:利払い前・税引前償却前の利益)や、健全性を見るDEレシオ(負債比率:自己資本に対する負債の比率、財務レバレッジと呼ばれる。一般的な目安は150%~250%)です。これは病院に通院したときの検査項目のようなもので、以前は診察前に体温と血圧くらいしか測りませんでしたが、コロナ禍以降では新型コロナウイルスの感染検査は必須です。さらに、指で酸素量を測るサチュレーションや血液検査から、各種検査項目の詳細な検査結果データを見ながら医師と問診するのが今ではあたりまえになりました。詳細かつきめ細かく把握して、体調を見極めて速やかな処置が求められています。企業業績も、同じく新しい管理指標や注意する項目をきめ細かく見ることで、売上や利益が確定するまえに状況を予測して素早い対処ができます。毎日の変化を日々把握すれば、どんな状況も察知出来て速やかに対処できます、変化を先読みできる見たい指標につながる数値を先行指標と言います。例えば、売上につながる先行指標は次のようなものがあります。

・見込み顧客数、見積件数と見積総額、受注件数と受注率と言った数値や値

・既存顧客と新規顧客の比率、引合いから受注/失注までの時間やコンタクト回数など

経営管理の指標には、お金に換算できる財務指標とお金に換算できない非財務指標があります。この財務指標と非財務指標を洗い出して、ERP再生に反映させることが出来れば今までに見えなかった業績予測のレベルが高くなります。(予測精度とスピードの向上)ERPには、業務に関わる基本的な情報が揃っていますからここを起点とします。しかし、ERPだけでは情報が足りないこともありますので、ERPと他システムのデータを連携して管理指標を作ることもあります。これまでERPに蓄積されたデータが、あまり活用されていないのは、ERPのデータだけ見ても求める答えにはたどり着けないことによるものです。具体例としては、既存顧客が1年後も契約更新をしない比率、顧客離反率を抑える指標がわかれば、1年後の既存顧客からの売上額が大体予測できるはずです。この顧客離反率は、提供しているサービスに対する顧客満足度から予測できます。顧客満足度は、ERPのデータではありませんが、顧客情報を管理するCRMシステムなどから入手することが出来ます。ERPと連携する他システムの情報を組み合わせて、先行指標から顧客離反率を予測して、売上額を予測することができるという訳です。あらかじめ複数データ項目の相関分析を行う必要がありますが、相関性があればそのデータは使えます。先行指標を見つける手段のひとつに、バランス・スコアカード(BSC)という手法あります。バランス・スコアカードとは、戦略経営のためのマネジメントシステムです。財務に示される数字だけではなく、財務以外の視点も加えてバランスよく業績を評価するという手法です。

バランス・スコアカードでは、まずビジョン(目的)を決めて将来どうなりたいかを明確にします。このビジョンを実現するための戦略を、次の4つの視点から立てます。「財務の視点」「顧客の視点」「内部プロセスの視点」「学習と成長の視点」の各戦略を、成功要因→業績評価指標→アクションプランと現場の業務という流れで実行計画に落とし込んでいきます。この仕組みのポイントは、最終的に「財務の視点」につながるため先行指標が明確になることです。この考え方は、1992年にハーバード・ビジネス・レビュー誌で発表された考え方で、ロバート・キャプラン(ハーバード・ビジネス・スクール教授)とデビッド・ノートン(コンサルティング会社社長)によるものです。成功要因の洗い出しが難しく、ビジネス環境によってその指標が変化していくため、導入の難易度が高くその効果が分かりにくいため広く普及はしませんでしたが、財務指標の先行指標となる非財務指標の値から結果を予測することができるため、戦略を誘導する先行指標という考え方が広く認知されたことにあります。また、バランス・スコアカードについて、幅広い業種業態の情報や書籍が簡単に入手できるため戦略策定の参考になるでしょう。ERPシステムに蓄積されたデータだけではあまり効果が無いことは既に知られていますが、関連するシステムのデータを合わせて戦略経営に活かすことで新しい管理指標から業績管理が可能となります。前述したEBITやDEレシオという新しい経営指標を説明しましたが、メリット/デメリットがあるためこれを補完する非財務指標を合わせてERP再生の管理指標とすることで、デメリット(弱点)を補うことが可能です。10年先のビジョンを見据えて、戦略的な業績管理指標をERP再生に活かすことが出来ます。

図表1、バランス・スコアカード:4つの視点の相関性参考例
(図表1、バランス・スコアカード:4つの視点の相関性参考例)
図表2、バランス・スコアカード:管理指標の具体例
(図表2、バランス・スコアカード:管理指標の具体例)

今回は、ERP再生に戦略策定とその具体的な実行計画を加える取り組みについてご紹介しました。これまでのERPシステムが、財務管理に強みがあることは十分理解されていますが、これに至る先行指標から経営判断を素早く支援することが可能となります。非財務指標という先行指標をきめ細かく見ることが、財務報告が出る前に高い精度の業績予測が可能となり、戦略経営に役立てることができると思います。

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