ペーパーレスをバックオフィスから工場・物流まで全展開する競争戦略の狙い

業界トップランナー鍋野敬一郎氏コラム「ERP再生計画」第39回「ERPとペーパーレス全社展開によるデジタルクラウド企業の実現~ペーパーレスをバックオフィスから工場・物流まで全展開する競争戦略の狙い~」を公開しました。

□はじめに

 新型コロナウイルスの影響で、クラウド利用やデジタル化への取り組みが加速しています。しかし、あらゆる経済活動とサプライチェーンは未だ分断されたままです。こうした状況において、システムに対する取り組み格差が新型コロナウイルスの影響からの復活があきらかにあらわれているように思います。また、デジタル化関連投資に対する判断が二極化しています。2018年9月に経済産業省は発表したDXレポートは、2020年12月に中間報告(DXレポート2)が公表されました。ここでは、DXレポートの真意である「デジタル競争の勝者」になるということが伝わらず、レガシー化したERPのリプレースのみを議論して既存システムを無視したDX導入に取り組む危険性が懸念されています。「DXの本質は、単にレガシーシステムの刷新や高度化だけでなく、事業環境の変化にスピーディーに適応する能力や企業文化(固定観念)を変革(レガシー企業文化からの脱却)することだ。今後、難局を乗り切った企業と既存のやり方に固執する企業との差は、今後さらに拡大する可能性が高い」と現状分析を行っています。新型コロナウイルスによる影響は、企業のクラウド化、ペーパーレス化を加速していますがそれはコロナ禍への対処という目先の目的だけではなく、その先にある「デジタル競争の敗者」とならないためであることは言うまでもありません。今回は、ERPとペーパーレス先にある「デジタル競争の勝者」先行企業の競争戦略の狙いについて紐解いてみたいと思います。

■ペーパーレスはバックオフィス業務から工場・物流など全業務へ全展開

 先行企業のペーパーレスに対する取り組みが、電子帳簿保存導入による業務の効率化やコロナ禍におけるリモートワーク対応だけの取り組みにとどまらないことは前回と既にご理解頂いているのではないでしょうか。ペーパーレスを進めるきっかけとして、経理部の電子帳簿保存法の導入があってこれだけでも効果は得られますが、それだけではデジタル競争力を飛躍的に高めることにはなりません。つまり、その先の戦略と取り組みが必要となります。経理業務ではないペーパーレス対象こそ、前回(#038)や前々回(#037)でお話した内容です。ひと言で言えば、全てのドキュメント(紙/FAX、Excel帳票など)をデジタル化して、ドキュメントの中にある塊の情報を整理(正規化、標準化)してデータ化するとともにデータベース化して、データ活用を進めることが狙いです。ドキュメントの問題は、ゴチャッとした塊データがそのまま放置されることです。有効な情報でも適正に整理分類しておかないと、必要なときに直ぐに利用出来ません。

 ここで、その有効な取り組みのひとつにデータレイク(データの湖という意味、クラウド基盤上に統合型のデータウェアハウスを構築する)があります。これならば、社内の情報を網羅する長期利用可能な統合データ管理の仕組みを構築することが出来ます。従来のデータベースでは、ERPシステムやSCMシステムなど業務やそのシステムごとにデータベースを構築しています。しかし、これではシステムが増えるごとにデータベースの数が増えます。ERPシステムにある在庫や物流データは、SCMシステムにある製品所在データやトレーサビリティデータに関連しています。つまり、部分的にデータが共有されています。もし、製品の在庫や物流やその履歴情報が全て網羅された統合データウェアハウスが1つあれば、この1つのデータウェアハウスを利用して、この上にERPシステムの在庫管理/物流管理とSCMシステムの製品位置情報管理/トレーサビリティ管理の複数のアプリケーションが作れるはずです。現実には極論すると、BIツールで見える化するだけERPとSCMの両方の主要な機能が実現出来ます。ペーパーレスが重要となるのは、ドキュメントに塊データがあるからです。ここからデータを分解して、正規化/標準化しておいていつでも使えるようにためです。さらに製造業の、工場系システムのMES(製造実行システム)/MOM(製造オペレーション管理システム)などOT系も全社展開の対象として含める必要があります。最近工場で積極的に導入されているのは、紙やExcel帳票で管理されていた作業日報や品質管理をタブレットと作業情報入力アプリケーションです。現行フォームを電子化して、タブレット上で紙と同じ様にデータ入力することが出来ます。そのデータは即時にデータベースに蓄積されて、必要なタイミングでどの部署からも簡単に利用出来ます。これまでは、紙(ドキュメントなど)から必要な情報のみ抜き出す手間と時間が掛かりました。ここが重要なポイントで、社内の情報の8割はドキュメントの中にあるということです。ERPシステムやSCMシステムなど、企業のシステム化は進んでいるのは事実ですが、まで電子化されてデータベースで管理されている情報は少ないのです。事実、製造業の工場では情報のやりとりの大半が紙/FAXやExcel帳票です。個々最近にようやくタブレット端末などを使ってデジタル化がはじまっていますが、全社員1台タブレットを利用している工場はわずかです。先進企業のペーパーレス化の狙いは、社内に死蔵されているドキュメントを電子化して社内の情報をデータベース化することです。

 そもそもERPシステムは、組織や業務の壁を統合基幹システムとして経営の目線でシステムを統合し再構築した仕組みです。経営資源である「ヒト・モノ・カネ」の最適配分を計画するのが、このシステムの目的です。IT系では概ねERPシステムが導入されていて業務のデジタル化、業務情報のデータベース化は概ね出来ています。つまりDXレポートで言いたかったことは、老朽化したERPのリプレースではなくデジタル化、データベース化が漏れている領域を見直すことで、データ活用による“デジタル競争の勝者”となることを示唆するものです。紙やFAX、Excel帳票などのドキュメントは、まさにデジタル化、データベース化が漏れている領域となります。

(図表1,ERPとMESの比較、構造化/非構造化データの比較)
(図表2,製造業のIT x OT Data Lake構築イメージ)

■ペーパーレス全展開で企業の競争力を最大化する考え方

 ERPとペーパーレスの関係について整理すると、ERPは経営の目線で社内のリソース(ヒト・モノ・カネ)を最適配置(計画)してその結果(実績)をリアルタイムに把握する仕組みで、ERPでデータ化されているマスタ/テーブルは業務処理に必要不可欠な情報です。しかし、全てがマスタ化されているわけではなくメタデータや備考としてその周辺に膨大なドキュメント(報告書やExcel帳票など)が存在しています。経理財務の電子帳簿保存法対応もその手間や管理を省力化、効率化するための手段だと考えることが出来ます。財務経理以外の業務についても、同様に考えると管理の手間や省力化、効率化に役立つのですがその費用対効果は財務経理ほどではありませんでした。しかし、業務処理のドキュメントは、その企業固有の強みやノウハウが蓄積されています。これまでは担当者の頭のなかに暗黙知として存在するだけで、この情報を形式知化して共有する術はありませんでした。昨今ではIoTやAIの技術によって、こうした膨大なデータを取得し解析することで独自のアルゴリズムやパターンを見つけ出して利用出来るようになりました。こうしたデータを取得するために、センサーやカメラで新しくデータ収集する必要があるのと同様にドキュメントのなかに死蔵されている有効なデータは取り出せるのです。

 社内の情報をデジタル化して、そのデータを正規化、標準化したものをデータレイクで蓄積管理するメリットは、「必要なときに必要なデータを探す手間が減ること」と「欲しい機能やサービスを素早く入手できること」にあります。例えば、カーボンニュートラル対策として工場ごと事業所ごとのCO2排出量や製品ごとのCO2使用量のデータが必要になる場合を考えてみましょう。まずCO2排出量の情報を取得する必要がありますが、管理対象となる環境効果ガス(二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、フロンガス)を調べる必要があります。これは、電力などのエネルギー起源CO2が約85%を占めていて、それ以外は燃料(ガソリン、軽油、灯油、プロパンガス、都市ガスなど)です。電力は主に電力会社から購入していますから、その内訳からCO2の排出量が算出できます。もし、太陽光パネルなどで自家発電していればこれはCO2ゼロの再生可能エネルギー(再エネ)としてカウントできます。こうしたデータを購入データや備蓄・使用量データから算出します。カーボンニュートラル対応では、検証機関にCO2排出量の算定報告書を作成して、環境省による検証報告書レビューを経て公式のCO2排出量が決まります。電力会社からの電気使用量はデータで取得できますが、燃料の購入や使用量は調達書類や使用用報告書(日報や月報など)からデータを集める必要があります。これを手作業でやると、CO2削減に取り組む前にCO2排出量のモニタリングで力尽きてしまいます。恐らく手間と時間を省くために、燃料の調達書類や使用量報告のドキュメントからデータだけを取り出す仕組みだけ作ります。AI-OCRと文書管理システムの組み合わせで、この仕組みは構築出来ると思います。ここで、データ改ざんや入力ミス/エラーを回避するためにRPAなどを利用して自動化するのも良いでしょう。必要なデータは社内にあるのですが、問題は今すぐ利用出来る形になっていないことです。構造化された数値や値のデータ、ドキュメントのように構造化されていない情報のなかに埋もれているデータを正規化、標準化してからカーボンニュートラル対策に必要な見える化やレポートを入手しなければなりません。このように社内の情報は、構造化されたデータと非構造化データが混在していてその大半はまだドキュメントに埋もれています。もし、データを簡単に取り出して利用することが出来れば、他社より競争力を高めることが出来ます。さらに、欲しい機能やサービスごとにシステムをつど外注して構築するよりも、あらかじめ社内のデータを収集蓄積してIT系システムとOT系システムの両方の統合データベースを構築(IT x OTデータレイク)しておけば、ここからExcelやBIツールでコストもスピードも最小限で「見える化」できます。これが、システム内製化の狙いとなります。ベンダに依頼するのは、新しくデータを取り出すところだけです。よほど特殊なシステムや新しい仕組みで無ければ、業務上で知りたい情報は社内で分かるはずです。

(図表3、カーボンニュートラルとは、資源エネルギー庁より)
(図表4、カーボンニュートラルに対する日本政府の取り組み)
(図表5,2050年カーボンニュートラル実現に向けて、参考情報)
(図表6、SAP PCFA、製品別CO2排出量分析管理ツール)

 クラウド基盤とAI技術の発達とコロナ禍が、今後さらにデジタル化に取り組んでデータ活用で結果を出そうとする企業と、従来のままアナログ(属人的)で人海戦術や過去の成功体験に基づいた活動を続ける企業に分かれていくと思われます。しかし、実際に取り組んでみれば分かるとおり、「データ化しやすい情報とデータ化しにくい情報」、「システムやAIでデータ活用できるものと、人が不足をイメージで補わないとデータ活用できないもの」などがあります。ドキュメントにある情報はこうしたデータなのです。筆者は、製造業の業務経験と学会活動(一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ、通称IVIの会員メンバーで総合企画委員会委員兼公式エバンジェリスト)より、こうしたケースに多数従事してきました。ここでの取り組みは、製造業の業務を全てデジタル化、自動化するのではなく、ロボット・AIやシステムが得意とする領域と人が得意とする領域の境界線を見極めて自社の強みを高めることです。今回3回にわたって、ペーパーレスというテーマを取り上げてきましたが、ペーパーレスだけにフォーカスした話ではなく、ペーパーレスのその周辺や先にある領域に気づいてもらうことが狙いです。ツールの導入ではなく、全体を俯瞰した一段高い目線から見るとこれまで見えなかった領域に気づくことができます。ERPとペーパーレスについて、これまでと違った見方があることに気づいて頂けると幸いです。

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