SAPのフィット・トゥ・スタンダードによるERP導入の狙いは標準化とAI活用

業界トップランナー鍋野敬一郎氏コラム第72回「SAPのフィット・トゥ・スタンダードによるERP導入の狙いは標準化とAI活用~S/4HANAへ移行したパッケージ版ERPをFit to StandardでさらにSaaS型クラウドERPで再構築する理由とその価値~」をご紹介します。

□はじめに

 コロナ禍から業績回復している日本企業は、円安や需要回復を追い風にDX投資を拡大しています。その取り組みには2つのパターンがあります。1つ目のパターンは、工場レベル(OTイノベーション)でものづくりのやり方を直接変革するやり方で、DX導入と効果を短期に進めたいという即効性を狙うものです。例えば、自働化による省人化/無人化を目指した生産工程の集約と作業時間の大幅な短縮といったピンポイントなDXの取り組みがあります。具体例は、テスラのギガプレスやトヨタ自動車のギガキャストのように数十工程を大型設備(アルミダイキャスト)による生産改革です。これによって、トヨタ自動車では、これまで86部品/33工程/30~40分の作業が、ギガキャストでは1部品/1工程/100秒へと圧倒的な短縮に成功しています。2つ目のパターンは、全ての業務プロセスをシステムでデジタル化してこれを再構成、最適化する「アナログ→デジタル化→データ活用」によるボトムアップ変革による全体底上げの取り組みです。紙・Excelによるアナログ業務をシステム化して、そのデータを収集・蓄積・活用するデータプラットフォーム(データ基盤)構築です。この取り組みは経営レベル/管理者レベル/現場レベルの変革(ITイノベーション)から始めます。ERPのフィット・トゥ・スタンダードは、そのスタート地点です。

図表1、OTイノベーションによるDXの取り組み例:ギガキャスト

(図表1、OTイノベーションによるDXの取り組み例:ギガキャスト)

■S/4HANA(IaaS)へ移行したばかりなのにS/4HANA Cloud(SaaS)へ乗り換える企業

 「SAPの2025年問題(2027年問題)」は、IT業界に係る人なら誰でもご存じだと思います。これはひと言で言えば、ベンダ都合でSAPの旧型ERPシステムの保守期限が終了して、独自データベースに・独自アーキテクチャよる新型ERPシステムへ移行することが発端です。しかし、問題はERPで大きな市場を持つSAPだけの問題ではなくこのタイミングで企業業績を大きく左右するデジタル・トランスフォーメーション(DX)へ企業システムを再構築して、次の成長戦略を描けるのかがポイントです。つまりテーマの中心は、DXと成長戦略にあります。この2025年(2027年)というタイミングが、デジタル化とDX推進による企業競争力・成長戦略の格差が顕在化する分かれ道となるのです。新版SAP S/4HANAの機能は、旧版SAP ERPとほぼ同じなのですが、新版のSAP S/4HANAは機能だけではない価値と可能性が秘められています。その狙いは、あらゆる業務に生成AIを利用するAI活用にあります。2022年から、SAPが本格的に取り組んでいるフィット・トゥ・スタンダードは、新盤SAP S/4HANA というシステムを導入することよりも、タコツボ化している日本企業の独自機能や偏りをそぎ落として業務標準化とERPに溜まった均質で精度の高いデータを生成AIで最大活用するための下準備となります。従ってパッケージ版ではなく、クラウド版ERPの“RISE with SAP”(プライベートクラウド)、“GROW with SAP”(マルチテナント型パブリッククラウド)のSaaS型ERP導入が新版SAP S/4HANA 導入の狙い目となります。

(図表2、ITイノベーションはAI活用より、SAP社のSAP JouleによるCoPilot機能)

(図表2、ITイノベーションはAI活用より、SAP社のSAP JouleによるCoPilot機能)

■SaaS型ERPによる業務標準化とデジタル化によるAI導入効果を底上げする

 これまで、日本ではERPパッケージは自社システムを構築するパーツとしてパッケージのERPシステムを導入する企業が大半でした。独自開発で基幹システムを構築するよりも開発費用が安く短期導入が可能で、法改正や商習慣対応などランニングの手間とコストを押える手段として使えるからでした。さらに、お客様ごとにユーザーインターフェースやちょっとした個別機能、独自のこだわりをSIサービスと組み合わせて提供すれば人月工数が儲かるビジネスモデルとして有効でした。「お客様はそれぞれ違いがあって、その個別機能やこだわりは我々SIベンダが実現できます」というヤツです。そのビジネスモデルは、人月工数で稼ぐITベンダにとって好ましい訴求点でした。実際のところ、コロナ前後でもITベンダ(特にERPなど基幹系システムを扱うベンダ業績は好調です。しかし、欧米ではERP導入と並行してバックオフィス業務の標準化が浸透して行きました。これは欧米では、転職するのが当たり前で人材の流動化で雇用のバランスが取れている労働環境ならではです。転職する先々でシステムが違うと生産性が下がりますが、同じシステムで同じオペレーションなら作業効率は高いのです。終身雇用で人材の流動性が低い日本企業では、根本的に業務システムに対する考え方が違っているところが、ボディーブローのように効いているようです。人手不足が慢性化して、仕事はあるのに人が取れない、企業ごとに業務とシステムがバラバラで生産性が向上しないというダブルパンチです。「我が社の業務は独自で特別だから、標準システムでは対応できなくて当然」という思い込みが、日本企業が欧米企業に比べて生産性が著しく低い要因のひとつとなっています。

 業務プロセスとERPシステムで標準化された基幹システム最大のメリットは、バックオフィス業務を切り出してアウトソーシング出来ることや標準化された業務による生産性の向上などがあげられます。そして、最近では、パッケージからクラウド型ERPへソフトウェアからクラウドサービスへビジネスモデルが変化しています。単純にクラウド基盤上にパッケージソフトを載せたIaaS型ERPではなく、SaaS型ERPとして提供することで不足機能やギャップについてはクラウドERPとAPIなどで連携して補完する仕組みとなっています。独自機能や固有のこだわりをSaaS型ERPと連携することで補うという考え方です。これによって、フィット・トゥ・スタンダード(業務プロセスの標準化)とこだわり機能の併存を実現しています。SAPなどERPベンダは、ソフトウェアビジネスからクラウド基盤上にERPなどアプリケーションと開発環境を提供するプラットフォームビジネスへ、そのビジネスモデルをシフトしています。このビジネス変革が、ソフトウェアベンダのDX戦略でもあると考えられます。

(図表3、SAP社が考えるコンポーザブル型ERP)

(図表3、SAP社が考えるコンポーザブル型ERP)

 そして狙いは生成AIなどERPシステムのデータベースに蓄積された大量のデータです。2024年7月31日にERP老舗のSAPジャパンが開催した年次イベントSAP NOW 2024では、冒頭で鈴木社長が『AIに食べさせる一番キレイなデータがそろっているのがSAPのERPだ』と述べ、ビジネス拡大につながる最高のビジネスAIを支えるのがSAPのERPから生まれているとアピールしていました。既に誰でも知っている通り生成AIなど、AI導入は事業戦略で最も重要なテーマのひとつです。そのAI活用のポイントこそ、社内に蓄積された高品質・大量・粒ぞろいのデータにあります。SaaS型ERPに蓄積されたデータが、AI活用には必要不可欠となります。ここ最近多くの大企業がパッケージ版ERPからSaaS型ERPへ乗り換える理由がここにあります。SaaS型ERP導入が、業務プロセス標準化や人手不足対策だけではなく、そのデータによるAI活用が企業競争力の源泉となるのです。

(図表4、SAPのビジネスAIは、ERPに蓄積されたデータをAI活用するソリューション)

さて今回は、フィット・トゥ・スタンダードによるSaaS型ERP導入の本当の狙いが、AI活用による競争力強化、攻めのDXにつながることをご説明しました。2025年問題(2027年問題)は、単純に大手ベンダSAPの保守期限終了によるITの問題だけではなく、この先の競争力強化、リアルタイム経営の要となるAI活用を左右するポイントであることが分かったのではないでしょうか。生成AIを認めない企業に未来は来ないかもしれません。

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