次世代サプライチェーンを実現する3つのポイントとその対策

業界トップランナー鍋野敬一郎氏コラム第65回「ERP再生計画:サプライチェーン強靭化のポイントは変化に即応する調整力 ~次世代サプライチェーンを実現する3つのポイントとその対策~」をご紹介します。

目次

はじめに

 2024年は、能登半島地震の発生による大規模災害から羽田空港の航空機事故という予想できない混乱からスタートしました。被災された多くの方にとって、速やかに安心安全な日々が戻ることを願うばかりです。こうした災害や事故は予測できるものではありませんが、その対策として事前準備や繰り返して行われる訓練が多くの人々の命を救うことは間違いありません。「備えあれば憂いなし」とは言いますが、サプライチェーンを強くするポイントも同様に様々な状況を想定した事前の計画と想定した通りに行動することだと思います。令和に入って、コロナ禍や地球温暖化による災害、戦争・紛争などこれまでの常識や経験が通用しない激動の時代になっています。昭和や平成は成長期、成熟期などゆるやかな変化に対応したサプライチェーンが構築されていましたが、令和は全く先が読めない激動の変化の連続です。今回はサプライチェーン強靭化の取り組みについて、具体的についてお話したいと思います。

サプライチェーン強靭化を実現するための3つのポイント

 これまでのサプライチェーンは、市場の成長や成熟を前提とした継続的な安定と成長を考えた仕組みでした。余裕をもって需要予測を立て、これに従って納期と製造原価(製造コスト)を最適化するという目的でコストと在庫の最適化を中心に設備稼働率を平準化するという考え方です。長年こうした考え方がサプライチェーン管理の定石とされ、顧客や営業部門からの突発的な注文や要請で、割り込みや緊急生産対応を行うことが重要とされていました。需要変動が比較的緩やかなため、納期遵守と高品質は当然とされ、その上でコストと在庫を最小限に抑えます。供給能力が飛躍的に向上したため、原材料調達はコスト最優先、製造コストも工程ごとに細分化して固定費となる人件費は生産性とタクトタイム(1つの製品を製造するのに必要とする時間)を低減する取り組みを追求し供給能力は飛躍的に高まりました。

 令和に入ってコロナ禍や国家紛争・戦争、大規模な災害や地球温暖化による気象災害といった理由で需要変動の振れ幅が大きくなっています。需要と供給のバランスが大きく崩れています。コロナ禍は長く伸びたサプライチェーンを分断して、足りない部品や動かない工場に仕掛品が大量に滞留しました。また、コロナ禍の震源地とされる中国にメインの生産拠点を置く企業はさらに厳しい状況となりました。コロナ禍が終息した後も、米中対立や欧米ロシアの新冷戦にも関連する紛争/戦争(東欧:ロシアvsウクライナ、中東:イスラエルvsパレスチナ、南米:ベネズエラvsガイアナなど)による需給バランスのギャップです。さらに、地球温暖化による気象災害が、人類の脅威となったことからエネルギー問題(脱炭素)や為替変動がサプライチェーン混乱に追い打ちをかけています。この状況は、これまでの経験や定石が全く通じないトラブルが発生することを意味しています。つまりこれからのサプライチェーンは、「大きな変化やトラブルにも柔軟かつ即応できる次世代サプライチェーンシステム構築」だと言えます。これを実現するポイントは3つあります。①サプライチェーン短縮化(シンプル化)、②サプライチェーン調整力強化(再計画高速化)、③サプライチェーン情報統合(サプライチェーン情報の統合データベース構築)の3つがサプライチェーン強靭化を実現する仕組み構築に有効な手段です。

前回はサプライチェーン強靭化について、「在庫最適化を目的とする旧型SCMから利益最大化を目指すS&OP/IBPへ移行する」という考え方をお話しました。旧型SCMでは、製品の欠品を許さない供給能力の追求がテーマでしたがその結果、生産現場が頑張り過ぎることがあります。これは供給過剰を招くこととなり安値競争による薄利やニーズに見合わない過剰品質がさらに製造現場の負荷を高めることになりました。欧米では、リーン生産(*1)による生産やインダストリー4.0(*2)によって熟練技術者の暗黙知を組織全体で共有できる形式知にして、さらにデジタル化による業務プロセスの革新を目指しています。生産活動の自働化/AIやIoTによる自律運用、デジタルツインに取り組んでいてこれを支えるシステムがERPやMES(製造実行システム)などです。

【サプライチェーン強靭化のポイント3つ】

①サプライチェーン短縮化:サプライチェーンをシンプルにすることで、変化やトラブルに対する対処スピードが高まります。サプライチェーン分断によるリスク回避に有効。

②サプライチェーン調整力強化:想定される変化やトラブルを予め想定して、サプライチェーン再計画のスピードを高める。AIやシミュレーションによってさらに高速化が可能。

③サプライチェーン情報統合:サプライチェーン関連システム(ERPやMES、SCM、物流など)の実績データをリアルタイムで取得していつでも利用可能なデータとして統合データベースで一元管理する。データ検索/加工処理の手間を省くことでデータ活用に集中。

*1:リーン生産方式とは、生産プロセス管理を徹底して効率化することで、従来の大量生産方式と同等以上の品質を実現しながら作業時間や在庫量が大幅に削減する生産方式。業務を標準化して、形式知化することでシステム化や工程外注による管理が出来る。

*2:インダストリー4.0とは、製造業のデジタル化を進め、生産情報を可視化して新しいビジネスモデルにつなげようというコンセプト。その中心には、スマート工場という考え方があります。スマート工場は、IoT・AI・ロボットといった新しいIT技術を活用することで、より最適な生産活動を行う工場になっていきます。業務管理の対象は、工場内だけではなく設計から製造、保守までの業務効率に関わる全てのプロセスを対象とします。

サプライチェーン強靭化への取り組みの障害に対する打開策

 あるエンジニアリング会社のサプライチェーンは8階層あり、コロナ禍が発生したときにはロックダウンによってあっという間に生産ラインが止まったそうです。数点の部品が届かないだけで、仕掛品が大量に滞留しました。また、ある自動車関連メーカーでは、独自の発注システムがダウンすると、サプライチェーン間が密に連携しているため、たった1つの部品の供給が滞るだけで一連の生産ラインが止まります。ある程度在庫をストックして、余裕を持たせているものの、突発的なサプライチェーン分断には脆弱なのです。その背景にあるのは、旧型SCMによるリスクのひとつだと考えられます。こうした状況を踏まえて、現在多くの製造業では、事業計画の目標から生産プロセスを大きく見直し、サプライチェーン全体を強靭化する取り組みを進めています。

①サプライチェーン短縮化の打開策

サプライチェーンを短縮化するためには、業務プロセスの見直しが必要となります。つまり階層を減らす必要があります。階層は少ない方がいいのですが、短くし過ぎると選択肢が狭くなります。生産ボリュームが大きい製品、優先度が高い製品から取り組みます。生産リードタイムの短縮と利益率の向上を狙って、外部委託を内製化する取り組みによってリスクヘッジします。全てを一気に取り組む方が効率的に思われるかもしれませんが、これは現場の業務に負担を強いることになり、混乱を招くことになるケースもあります。段階的に急がず進めることが良いと思います。

②サプライチェーン調整力強化の打開策

 サプライチェーン調整力とは、トラブルや条件が変わったことによる再計画の作業が多くを占めることになります。迫る納期と限られたリソースで最適な計画作成を作ることになります。従って、計画を再度作成する担当者に大きな負荷が掛かります。これを打開するためには、サプライチェーン計画ツールやシミュレーションツールを導入することです。最近では高度なAI機能やシミュレーション機能を踏査した計画ツールも多数ありますが、重要なのはチームで使いこなせることです。導入時は、ベンダーが最適に調整しているため高い効果が出るのですが、次第に条件や環境などが変わるので精度や効果が落ちて行きます。適宜ベンダーが調整してくれれば良いのですが、現実には自らで調整することとなります。ツールを使いこなせる担当者に属人化するため、継続的に効果を出すためにはチームで使いこなせる計画ツールを選ぶ必要があります。

③サプライチェーン情報統合の打開策

 正確なサプライチェーン計画を予測するためには、出来るだけ粒度と品質が揃った過去実績のデータを集める必要があります。当然リアルタイムに収集されたデータを使って、予測した計画は高い精度を裏付けることとなります。そのためには、ERPやMES、物流システムなどサプライチェーン情報を一元管理する統合データベースの構築が有効です。ERPの販売/在庫/調達/生産などデータとMESの製造実績データ/工程管理データ/品質管理データなどをクラウドに統合データベースで蓄積する仕組み(IT+OTデータレイクなど)が有効です。

(図表1、ERPによるグループ経営管理:計画/実績から最適な事業管理を行う)

(図表2、サプライチェーン強靭化の取り組み、経営から現場までの垂直統合イメージ)

(図表3、マネジメントサイクルのスピードアップによるサプライチェーン強靭化)

さて、今回はサプライチェーン強靭化について、その3つのポイントと具体策についてご説明しました。次世代サプライチェーン構築のポイントは、変化に対する調整力強化にあり、AIやシミュレーションによる精度を高めるためにはERPやMESなどのデータが必要です。また、高性能な計画ツールを選んでチーム全員が使いこなせる身の丈に合ったツールを選ぶことが必要です。

お知らせ

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