ERP再生計画の策定:販売管理の要となるのがプライシング“価格戦略”にある理由

業界トップランナー鍋野敬一郎氏コラム第59回「ERP再生計画の策定:販売管理の要となるのがプライシング“価格戦略”にある理由~事業活動の本質は売上/利益の最大化でその中心は販売管理の価格戦略にある~」をご紹介します。

目次

はじめに

 2023年度3月期の企業業績は、過去最高の売上ながら利益は前年を下回るという増収減益というケースが増えたようです。その理由はいくつかありますが、製造業を見ると為替レートが円安傾向にあるため輸出産業である製造業にとって売上額が円換算で上振れしたことが増収の原因です。さらに、コロナ禍が落ち着いて産業活動や貿易が正常化していることもプラス要因と思われます。しかし、ロシアとウクライナの戦争が長期化していることでエネルギー価格や食糧価格など価格高騰が続いていること。そして、事業活動の再開による需給バランスの急回復などが原材料コストや物流コスト、エネルギーコスト、人件費などあらゆるコスト上昇を招いています。こうした状況において、利益を安定的に維持拡大している企業に共通するのは利益コントロールに成功していることが理由だと考えられます。ものづくり白書では、コストの上昇分を価格に転嫁できていない企業が多くこれが企業収益を押し下げているとの見解が書かれています。今回は、この利益にフォーカスしてERPシステムの販売管理における利益管理についてご説明いたします。

販売管理は企業業績をコントロールする最重要ポイント!

 販売管理システムは、受注管理、納期回答・出荷手配、請求管理といった多くの機能がありますが、利益管理の中心となるのは商品(品目)の販売価格と原価管理からの売上/利益(粗利)管理にあります。一般的に、販売管理の品目マスタには製品ごとに価格や原価の情報が設定されています。需要と供給のバランスによって価格は変動しますが、前述した通り現在のように急激にコストが上昇している場合にはコストが増えた分以上に販売価格を上げなければ利益が減ります。原材料や製品を海外から輸入して、国内市場の顧客に販売する場合には原材料価格の高騰に加えて、円安の影響をさらに受けるため原価がさらに増えることとなります。急激に製品価格を上げると顧客が他社へ乗り換えるリスクがあるため、ストレートに価格転嫁できないというのが実情です。食品やエネルギーは安定した国内需要が見込めるため、小刻みに値上げを繰り返すことで、需要に大きく影響しないように配慮しています。また、価格を抑えるために内容量を減らしたり、商品構成を見直したりして対処しています。逆に自動車やロボットなど輸出産業は、製造コストは上昇しても円安による効果で海外市場では為替効果で割安に売ることが出来ます。しかし、急激な為替の変動は、原材料コストの上昇や人件費など原価に影響するため良し悪しです。

 ERPシステム構築において、販売管理と生産管理の導入が難しい領域だという話を以前しました。同じような機能、同じようなサービスでも生産、提供してもその裏側にある仕組みや価格、商流、物流などは大きく異なります。つまり、他社のケースをそのままコピーしただけではシステムが動かないのです。会計や購買、在庫は業種業態である程度標準化されていて、ルールや手順が共通化されています。販売管理と生産管理は、企業独自のノウハウやこだわりなので、自由度が高くこれを読み解くのが難しいのです。また、他部署との連携が多くその調整に手間と時間が掛かります。さらに、例外処理や複数パターンなど業務プロセスが複雑化していて、属人化によるブラックボックスが多いところも問題を難しくしています。販売管理については、見積処理や価格計算処理の業務は売上/利益に直結します。まさに価格戦略が事業戦略と企業業績の中心となります。市場変化が激しく、景気の先行きが不透明な現状を考えると過去現在をそのまま反映した販売管理システムを作るだけでは3年後、5年後、10年後に対応できないと思われます。例えば、自動車業界のEVシフト、化学・素材業界の脱炭素・循環経済への取り組み、エネルギー業界の脱化石燃料はこの先10年間で大きく変わると予想されます。こうした産業構造の変化を考慮せずにシステム構築すると、全部作り直すことになる可能性が高いと予想されます。つまり、大きな変化を考慮した柔軟性を考慮する必要があります。また、販売管理は、トレンドを分析する軸になるため、ERPシステムに蓄積されたデータを様々な角度から分析する元ネタとなります。

(図表1、販売管理の軸でERPデータを分析する、KPIによるグループ経営管理を行う)
(図表1、販売管理の軸でERPデータを分析する、KPIによるグループ経営管理を行う)
(図表2、販売管理はERPに蓄積されたデータを分析する軸・視点)
(図表2、販売管理はERPに蓄積されたデータを分析する軸・視点)

価格戦略を実現するためには販売管理に何を実装すれば良いのか

 “販売戦略”の本質は、「市場における価格コントロール、プライスリーダーになる」ことです。プライスリーダーとは、特定の市場において主体的に価格の値上げ/値下げ

強い影響力を持つことです。私が所属していた米国大手総合化学会社では、市場シェア4割以上が目安と教えられました。だからと言って独占化するのは悪手で、寡占市場になると独占禁止法や企業カルテルの温床となるため(行政指導が入る)、必ず複数企業がバランスよく競争する市場形成が望ましいと言われていました。その化学会社では、ハイエンド製品は自社で内製化して、汎用品は協力関係にある他社に技術提供や業務支援を行う戦略を取っていました。(アライアンス契約、業務支援)こうすることで、その化学会社がハイエンド製品を値上げしても、汎用品の価格は自社製品ではないのでこれに追従することは無く、市場競争が保たれます。安値競争で、互いを潰しあうようなことにもなりにくいため、その会社では複数の委託先と契約していました。価格戦略としては、市場を寡占化して高い利益を出すより、市場のパイを拡大するような需要拡大に重点を置いた戦略となります。需要拡大すれば、粗利が同じでも利益額は増えます。むしろ、利益率を抑えて需要拡大が続けば自動的に売上/収益も大きくなります。その会社が狙うのは、市場が成熟して成長が鈍化したところで全事業をスピンアウトします。(最も高い市場シェアを持つ企業が事業売却するため高値で売り抜ける戦略)スピンアウトする対象になるのは、アライアンス関係にある委託先企業のいずれか、または競合会社となります。筆者が在職していた時に、同期がいる事業部でナイロン事業とアセテート事業を相互に事業交換するというダイナミックなケースを実際に見ました。

価格戦略とは、売り上げを継続的に増やしつつ利益を高めているための戦略です。従って、市場拡大と市場シェア維持拡大と利益の最大化のバランスがポイントとなります。ERPシステムにおける販売管理システムは、こうした背景を念頭に置きつつ過去・現在よりも未来を考えた柔軟性と成長戦略を重視する必要があります。現状のビジネス環境は、景気の不透明感や産業構造の大きな変革に直面していることから、守りと攻めの両面でバランスのとれた仕組みが求められています。まずは、属人化、ブラックボックス化した見積もりや商習慣を業務レベルで見直すところが肝心です。

(図表3、販売管理の成功要因:業務への影響を目利き/調整/決めることができること)
(図表3、販売管理の成功要因:業務への影響を目利き/調整/決めることができること)
(図表4、ERPシステムの販売管理導入についての要点まとめ)
(図表4、ERPシステムの販売管理導入についての要点まとめ)

 販売管理導入成功とは、業務への影響を目利きができること、部門間の調整ができること、決めることができることに尽きると思います。営業活動に決まったルールややり方がありませんので、属人化/ブラックボックス化している業務や考え方をシンプルで分かりやすく形式知化して、これをシステムで共有する必要があります。

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