業界トップランナー鍋野敬一郎氏「人手不足、物流業界再編、サービス化、カーボンニュートラルを考察する」

□はじめに

 流通DXをテーマにした話を引き続き続けたいと思います。商社・卸売業、そして小売業それぞれが短期、中長期に取り組むべき3つの課題は、「成長戦略」「収益力強化」「コスト削減」だという話を前回しました。今回はもう少し具体的なテーマをあげて、そのテーマごとに課題とその解決策についてご紹介して行きたいと思います。岸田首相率いる新しい内閣が始動しましたが、新型コロナウイルスの次の波に対する備えと疲弊している経済の立て直しが早急に求められます。経済対策の課題は、雇用維持と人手不足が最優先ですが需要拡大、物流改革、カーボンニュートラル対応など流通業界にも重要なテーマが目白押しです。同様に、流通DXの対策は経営陣の関与が重要なのですが、日本企業は米国企業に比べると関与度が低いようです。先行きが不透明な状況ですが、経営者も腹をくくって未来を見据えた迅速かつ機敏な行動を心がけて欲しいと切に願っています。

(図表1、DXに対する経営陣の関与、日米比較)
(図表2、国内中堅・中小企業におけるDX導入動向)

■流通DXはどこから手を付ければ良いのか?

 流通DXで取り組むべき3つの課題ですが、この中で最も難しく時間とリソース(ヒト・モノ・カネ)が必要なのは、言うまでもなく「成長戦略」つまり売上を上げることです。新型コロナウイルス、人手不足、少子高齢化、市場の成熟化など売上が上がらない理由は山程あります。新しい技術や画期的な商品を取り扱っても、昔のように爆発的に売れるケースは少なくなり、さらにその売上も一過性でロングテールになりにくくなっています。従って、「成長戦略」は5年先、10年先を考えて中長期戦略を立てる必要があります。次に難しいのが、「収益力強化」です。これは、ロングテールの売れ筋商品を中心に業務プロセスやシステムなどを見直して利益を着実に積み上げていく取り組みです。理想とするならば、サービスレベルが上がってオペレーションコストやリードタイムが短くなるような業務プロセスの刷新や自動化による効果を狙うものです。そして最も即効性があるのが、「コスト削減」です。「コスト削減」は、対象となる業務やポイントが明確なので事例などを参考にして速やかに取り組むことが出来ます。しかし、期待する効果はそれほど高いものではなく、ポイントが分かれば誰でも可能です。つまり、競争優位性を高めるのではなく弱点を底上げして継続的に取り組むことになります。このように紐解くと、「コスト削減」は従来のIT導入やカイゼン活動が有効な手段で、「収益力強化」は業務プロセスの見直しや自動化といった業務最適化+デジタル化のDX導入が有効な手段だと言えるでしょう。さらに、「成長戦略」は中長期的な戦略で他社より優位な品揃えやサービスを開発・提供すること(イノベーションとも言えます)となります。

流通DXが目指す課題は、「成長戦略」と「収益力強化」にあると考えられます。また、流通DXには、社内の業務プロセスやオペレーションを強化・最適化する「内向きのDX」とお客様や仕入先に効果がある「外向きのDX」があります。さらに、流通DXでこだわるべきポイントは実現までのスピードです。前述した通り、「成長戦略」は5年先、10年先の中長期的な取り組みです。「収益性強化」も2,3ヶ月で出来るような事ではなく年単位のプロジェクトとなります。つまり、どちらも準備と実行に時間が掛かります。これをどれだけ短縮出来るかが流通DX成功の鍵となります。我々が目指しているゴールを、他社が先に実現するなど合ってはならないのです。後塵を拝することは、勝ち残れないリスクが高まります。

■人手不足、物流業界再編、サービス化、カーボンニュートラルなど課題は山積み

 “人手不足、物流業界再編、サービス化、カーボンニュートラル”など流通DXで取り組むべき具体的な課題が山積みです。この課題1つずつを紐解いて、筆者がお客様と取り組んでいるソリューションやプロジェクトアウトラインをご紹介しましょう。

・人手不足

 流通業界における人手不足は、ほぼ全ての業務にある課題ですが、そのなかでも倉庫管理・物流業務は上位にあると言えます。新型コロナウイルス以降、ネット通販やネット取引が加速したことで在庫管理・物流業務はより深刻な人手不足となっています。また、ユーザーが流通業者を選ぶポイントは、低価格に次いで、納品リードタイムが短いこと(同日配送や翌日配送など)、小口配送(バラ売りOK、メーカーは規定出荷単位でした販売しない)が出来ること、決済処理が簡単で複数選べることなどがあげられます。このニーズは、裏返せば流通業者側の手間とコストの負担が増えることを意味しています。この対策は、業務プロセスの見直しと自動化(省力化/省人化/無人化)なのです。従来の業務プロセスを全面的に見直して、ERPとSCM/WMS/ECなどをWebAPI連携/RPA導入/AI導入などを駆使してサービスレベルを上げつつリードタイムを短縮化するなどが有効です。そのためには、システム導入だけではなく物流システムや倉庫設備そのものも入れ替えた方が高い効果と優位性が可能となります。ハードとソフト(システム)の並行導入がポイントです。

・物流業界再編

 新型コロナウイルスの影響によって、物流業界の業績は二極化しています。個人向けの食品や医療機器など、法人向けの自動車やロボットなど機械装置、そしてこれらに搭載されている半導体やセンサーなどに関連する物流業者は好業績です。逆に旅行関連や外食産業などは以前厳しい状態が続いています。旅客運輸(鉄道、バス、飛行機など)は厳しく、貨物運輸(海運、陸運、空輸など)は堅調です。つまり、物流業界は荷主の業績に連動して業績が二極化しており、今後業界再編が加速すると予想されています。特にトラック運転手の人手不足や高齢化によって、適時の配車手配が難しくなることが予想されます。より一層の効率化が求められることから、物流センター(DC)やクロスドッキング(TC)の統廃合が進んで自動倉庫やロボットAGVなど自動化設備の導入や、倉庫管理と配車計画管理を包括した物流管理システム(LES:ロジスティクス・エグゼキューション・システム)の再構築が進みます。

・サービス化(有償サービスの開発)

 流通DXとしてぜひ取り組みたいのが、サービス化です。当然これまでも、ECと店舗の連動によるオムニチャネルや、や流通加工などに取り組んでいると思いますが、大抵の場合無償提供するサービスでした。無償サービスは、顧客満足度は上がりますが負担が大きく業者間のチキンレース的な感じになりやすく需要が成熟・衰退している現状を考えるといずれ限界が来ると思います。従って、流通DXとして有償サービスの開発に挑戦したいと思います。目指すのは、サービスでお金を稼ぐことです。例えば、自社で取り扱う全ての注文を月次、週次などでお客様の基幹システムに合わせて詳細データを提供することや、お客様の業務を代行するようなサービス(在庫管理、流通加工、補充発注業務など)を業務委託サービスとして請け負うなど出来るところから取り組むことです。多くのケースで人手不足を代行するようなニーズが多いので、これを自動化やシステム化することで省人化/無人化出来れば着実にお客様を増やすことが出来ます。ERPシステムには在庫回転率や滞留在庫品の情報が詳細に揃っていますし、トレンドを予測して需要が見込める顧客へメールやウェブでDMを掛けるなど、お客様が手薄になっているサービスを提供出来ればサービス化は着実に売上貢献できるビジネスへ成長することが出来ます。

・カーボンニュートラル対応

 業界に関係なく取り組まなければならないテーマとして、地球温暖化防止のためのカーボンニュートラル対応があります。これは、化石燃料由来の電力や燃料などを減らす取り組みです。詳細についてここでは説明しませんが、企業として、取り扱う商品に関わる全てのCO2排出量の把握や事業活動(オフィスや倉庫、店舗など)や輸送(物流全般など)に関するCO2排出量のデータを見える化する必要があります。これは、電力や燃料の購入量だけでは見える化できないため、ERPや物流システム、さらには各種業務データなどからデータを収集・解析して試算する必要があります。また、このデータは環境省やその関連組織へ報告書を提出する制度なども予定されているため動向を見極めて早い目に取り組む必要があります。特に輸出入が多い場合や、自動車産業や機械業界など製造業に関わる企業は、カーボンニュートラル対応やサステナビリティを求められることになります。ERPやSCMなどの付属情報(属性データ)にCO2排出量や廃棄物のトレーサビリティ情報など情報提供が求められることでしょう。早急な取り組みが必要です。

(図表3,流通業のITデータレイク x LOGISTICSデータレイクの連携イメージ)
(図表4,物流関連データ:LES系データの取得>正規化>見える化&活用のイメージ)

今回は、流通DXで取り組むべきポイントを、具体的な課題ごとにご紹介しました。いずれも商社・卸売業のお客様が取り組んでいるプロジェクトから流通DXの課題としてふさわしい「成長戦略」「収益力強化」についてご紹介しました。「コスト削減」や効率化のシステム導入は、それだけではDXにはならないのでもう一捻り考える必要があります。その要となるのがERPのデータベースに蓄積されている過去データの有効活用です。相関性の高いデータと業務を見つけて、ここから計画作成支援の自動化や予測精度の向上に持っていけば単なるコスト削減よりも高いレベルの効果が期待できます。次回も流通DXについて、さらに事例などご紹介したいと思います。

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