スタグフレーションに備えた守りの体制と攻めの成長戦略に取り組む

業界トップランナー鍋野敬一郎氏コラム「ERP再生計画」第50回「景気後退に効くERPプラスワンの成長戦略ソリューション(その2) スタグフレーションに備えた守りの体制と攻めの成長戦略に取り組む」をご紹介します。

□はじめに

スタグフレーションという言葉をご存知でしょうか。スタグフレーションとは、インフレーションの物価上昇とデフレーションの景気停滞が同時に起きている状況を指します。Stagnation(停滞:景気停滞の意味)とInflation(上昇:物価上昇の意味)を組み合わせた造語で経済用語です。新型コロナウイルスによるサプライチェーンの混乱やロシアのウクライナ侵攻による影響で、資材や食糧、エネルギーなどの供給が不安定になり価格が上昇するとともに、見通しが不安定で景気が停滞している状態がしばらく続きそうな状況です。景気の見通しが不透明なので、企業業績は横這いまたは減収となります。その結果、企業の投資が減って、賃金が上がらないという状況が生まれます。景気の底打ちが見えてくると、企業は再び成長戦略として投資を増やすことになりますが、その兆候が見えるまでこの状況は続きます。今回のスタグフレーションが難しい点は、エネルギーコストが急激に上昇していることと先進主要国で唯一政策金利ゼロであるため欧米との金利差(2022年9月末現在で日本は実質ゼロ金利ですが、米国は3.00%~3.25%もの開きがあり、さらなる利上げが見込まれる)が急激な円安という状況を招き、日本経済はその影響をモロに受けているところにあります。さて、こうしたスタグフレーションを切り抜ける守りと攻めの戦略について考えてみたいと思います。

■守りの体制を整えてコストと利益のコントロールに取り組む

 今回のスタグフレーションは、その原因が主に海外にあります。ロシアのウクライナ侵攻や中国市場の経済成長、米国のインフレなど様々なリスク要因を把握して変化に即応できる体制を備えから取り組む必要があります。この局面を切り抜ける唯一の手段は、自社の顧客企業の動きを良く見て、顧客の行動パターンを予想して、複数パターンのシナリオとその対処をあらかじめ準備することです。場当たり的な対処だと、確実に出遅れます。あらゆる状況を想定して、即時に対処方法を準備しておくのです。例えば為替レート乱高下のケースだと、顧客企業が製造業の場合は為替レートが円安ならば海外市場に強い顧客は業績が良くなるため注文が増える可能性がありますが、国内市場がメインだと海外からの原材料資材の調達コストが高くなるため製品の粗利を減らすか、値上げして利益を確保することになり注文が減る可能性があります。どちらのケースも考えられるため、両方のシナリオを想定した準備をしておくことになります。いずれにしても、「最大利益の確保」を最優先に考える必要があります。売上が上がっても、原材料や人件費、物流費などが今後も高騰すると予想されますから、調達先を拡大して少しでも調達コストを抑える調達戦略から取り組みます。国内外で幅広く仕入先の拡大を探します。次に人件費の抑制に取り組みます。具体的には、従業員の作業時間・工数の削減です。手段は2つあり、1つはカイゼンによって作業の標準作業時間を削減することと、もう1つは作業工程を見直して工程を減らす(BPRビジネスプロセス改革)とともに可能ならば工程ごとアウトソーシングします。この取り組みは、ERPの標準プロセスをモデルとして例外処理や個別対応業務を省くやり方が可能です。ERPの機能は標準プロセスなのでこれがモデルです。ERPより手順や作業が多いものはムダやコスト高の原因なので、省けるならば効率化とコストダウンが見込めます。販売管理や生産管理と言った企業ごとに強み弱みが違う業務ではなく、購買管理や在庫管理、人事管理(タレント管理や人材育成などは除く台帳管理や労務管理など)はコスト削減かつアウトソーシング活用が可能です。

こうした取り組みで難しいのは、社内の意識改革です。利益管理を徹底する意識改革の一例として、「製品/サービス別粗利(コストと利益)の見せる化」というのがあります。製造業でも流通業でも、多くの日本企業は製品/サービスごとのコストと粗利を社員に見せないようです。これは、他社に利益率や業績を知られたくないというのもありますが、製品/サービスごとに利益率が分かると社員のモチベーションが下がると考えているようです。例えば、化学や素材業界では歴史の長い古い製品では既に競争力が無くなっていて売上額は大きくても儲けはほとんどありません。それは中国やアジア新興国など後発の方がコストも安く生産できるからです。また、古い製品を扱っている事業部や部門が既得権益を維持したいという思いもあります。しかし、現状では儲からない製品/サービスを売り続ける余裕などありません。儲かる製品/サービスに事業活動を注力する必要があります。そのため製品/サービス別粗利を社内に公開して、積極的な利益確保を目指すべきなのです。コスト削減対策の明確化と責任所在の明確化、利益目標を達成した組織・チームを正しく評価する報奨制度などモチベーションを高める取り組みをERPベースで進めることができます。こうした取り組みは、ERPが強みとするコスト削減や効率化そのものなので、これを促進するのは危機感の共有やビジネス環境の変化によるところが多いと言えるでしょう。

■景気後退だからこそ攻めの成長戦略に取り組む

 これから景気が悪くなる見通しが高い状況で、成長戦略の要となるのは安定している経済状況のソレとは違います。平常時の成長戦略では、新製品開発や多角化といった大きな投資と時間が掛かる取り組みにフォーカスしがちですが、景気後退時に求められる成長戦略は売上の維持・拡大に尽きます。全く新規の製品/サービスへの取り組みも重要ですが、景気後退の局面ではまず生き残ることが最優先事項です。つまり、既存の製品やサービスの売上を維持・拡大することから取り組みます。製品/サービスの、価格や機能は数値化や比較が容易です。価格を安くしても機能を増やしても、優位性の効果は短期間です。デジタル化がその時間を短くするためです。ではどうすれば、他社との優位性を維持できるのかという点ですが、比較的マネし易い機能追加などではなく、コピーが難しい独自のバリューチェーン構築、独自コンテンツ・サービス化にフォーカスすることです。

プロセス改革型は、既存の製品やサービスを提供するバリューチェーンを見直して受注から出荷、廃棄に至るライフサイクル全てを独自プラットフォーム上で提供することです。既存の設けの仕組み深化して、全体を網羅した顧客と製品・サービスのプロセスを最適化してそのデータを一元管理します。ターゲットとする顧客層に対して、使い勝手の良さ(ユーザビリティ)、価値の訴求(プライシング)、満足度向上/離反率抑制などを適切に管理する必要があります。売上を拡大するために、既存顧客のニーズと要望を定性的、定量的に把握してさらなる受注を目指す仕組みをERP中心に構築します。ERPには、注文から納品に至る全てのデータを蓄積することが出来ますが、ここに顧客ごとの満足度やニーズを追加した顧客カルテを構築します。通常は、事業部門や営業担当のみが持っていたデータですが、これを社内で共有して顧客満足度の向上、注文頻度・発注額アップを目指す体制と仕組みを構築します。マーケティングについては、前回ご紹介したカスタマーサクセスのひとつABM(アカウント・ベース・マーケティング)などが有効です。

(ABMの情報:URL:https://www.symphony-marketing.co.jp/abm/)これを適用します。

市場拡張サービス展開型は、独自の強みをコンテンツやサービスとして横展開して市場拡張による売上拡大を狙う取り組みです。ポイントは、他者と差別化できるコンテンツ・サービスを素早く生み出すことと、コンテンツ・サービスをデジタルで実現することです。無形のサービスとデジタルにこだわるのはスピードと柔軟性を独自の強みに追加するためです。独自の強みを磨き上げて、コンテンツ・サービス(アプリケーション)に絞って市場の横展開を進めます。これならば、時間を掛けずに多くの市場へ素早く展開出来ます。筆者は、デジタルとデータによるサービス化が生き残るために必要なルートだと考えています。新しい市場のニーズと市場投入した製品/サービスに多少ズレが生じても、コンテンツ・サービスを素早く追加変更して弱点を克服し顧客ニーズに即時対応します。他者よりも追加変更のスピードが早ければ、生き残れる可能性が生まれます。新規参入する市場で大きなシェアを持つ製品/サービスがあれば、それをターゲットとしてコンテンツ・サービスだけで市場奪取を狙います。コンテンツ・サービスに絞る理由は、価格で優位に立つためです。顧客は、既存の製品/サービスと同等ならばできるだけ安価なものを求めます。つまり新規参入市場では、後発故に価格勝負を仕掛けます。ハードウェア+ソフトウェア(コンテンツ・サービス)で顧客へ価値を提供しているならば、ハードウェアはそのままでソフトウェアだけ安価に提供します。

(図表1、景気後退局面の成長戦略:既存の製品やサービスを深化・探索にフォーカス)
(図表2,「両利きの経営」で「深化と探索」に取り組む:東洋経済新報社)

ERPに蓄積されているデータから、製品別の粗利と原価を市場ごとに見える化します。ここで、ERPの管理会計機能と製品/サービスごとのプロジェクト原価管理機能が重要となります。新規市場に対しては、後発で市場参入するため低価格で市場シェアを素早く獲得して顧客より潜在ニーズを得て、より付加価値の高い製品/サービスを開発して最大シェアを持つ製品から市場を奪取します。低価格じゃ、市場の衰退を招くため可能な限り高い値付けで新規市場シェアの拡大を目指します。コンテンツ・サービスにフォーカスしているのは、コストを押さえて値付けの柔軟性を獲得するためです。コンテンツ制作やサービス化は、市場に合わせた機能拡張や価格変更が簡単に可能です。

(図表3,参考:製造業のサービス化:モノ(製品)とコト(サービス&CX)の顧客価値向上)
(図表4、サービス価値提供からDXサービスによるエコシステム構築による成長戦略へ)

景気後退の局面における成長戦略とは、厳しくなるビジネス環境におけるサバイバル活動のようなものです。5年先、10年先を見据えた重厚長大なイノベーションや新製品開発も重要ですが、5年後、10年後に確実に生き残れなければその価値はゼロです。まず目先の売上と利益を確保してから、その先のことを考えるべきなのです。今回は、ERPシステムを活用する前段の景気後退局面における心構えと生き残り戦略について考察してみました。ここからが正念場となる景気動向ですが、だからこそ市場構造やゲームルールが変わるチャンスも到来します。ゲームチェンジャーとして勝ち残るために、ERPという確実で安定したデータベースを使わない手はありません。ERPは、攻守どちらにも使える手段として再度その役割と使い方を見直してみては如何でしょうか。

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